ヘンデルクランツ通信 No3


予想外な展開となった前回に引続き、本来の練習報告を行いたいと思います。

8月5日(日)13:00。当日は前日より多少マシとは言いながら、やはり「猛暑」と言うべき天候です。特に練馬区は都内最高気温を叩き出すエリア。そんな中で年末に向けて「メサイア」を練習すると言うのは、若干つらい感じもしますが…。そう言えば現役時代は「夏合宿」と称して、涼しい長野県あたりで練習しましたね。実に懐かしい!!!

さて、今回は従来やらなかった「パート練習」からのスタートとなります。まずは使い慣れた10号館3階のホールに全員集合。どの程度のメンバーが集まってくれるものか、内心、不安だらけで現地に到着したのですが、結構な人数。そう言えば現役メンバーが12人になったと言うのが心強いです。でも、もっと増やして欲しいですね。

リーデルクランツ新入部員紹介本日、志村先生はご都合が悪いと言う事だったのですが、始めの15分ほど、お時間を工面してご出席して下さいました。練習の始めに志村先生からコメントを頂けたのは実に良かった。
また、今年リーデルクランツに加わってくれた新人5名の紹介がありました。一緒に楽しく頑張りましょう!

練習はICレコーダーに録音してある志村先生指導による柔軟体操と発声練習から始まりました。つまり「バーチャル志村先生」と言うことになります。ここまでで約30分経過。この後、パート毎、4部屋に分かれての練習となります。現役さんに本日確保してもらった部屋はホールに加えて練習室1、練習室2、練習室3。全て10号館3階で並びの部屋となります。本日の練習曲は以下の3曲です。

4番. And the glory of the Lord
(主の栄光がこうして現れるのを)
8番. O thou that tellest good tidings to Zion
(良い知らせをシオンに伝える者よ)
11番. For unto us a Child is born
(ひとりの嬰児が私たちのために生まれた)

当たり前ですが、ここからは私が所属するテノールでの練習レポートとなります。歌詞と曲の簡単な解説も併せて書いてみたいと思います。実は今回の練習に先立って、7月5日と19日の二回、パートリーダー練習と言う事で志村先生にご指導して頂きました。その際に、英語発音の基本スタンス(古典的なブリティッシュとする)、音符と歌詞の割振り、一部の歌詞の変更、表現上の注意点などを伺っております。ですので、今回のパート練習ではそれら志村先生からの「入れ知恵」を最大限、活用させて頂き、練習に臨んだ次第です。

まず、4番. And the glory of the Lord
この曲は「メサイア」全曲で一番最初に登場する合唱曲です。序曲にあたる1番. Symphony(今回は若月先生のピアノソロ)、テノールソロによる2番.Comfort yeとそれに続く同じくテノールソロの3番. Every valley shall be exalted(共に岡部先生のソロ)の次に登場します。両先生の素晴らしい流れを受けて、格好良く決めたいものです。
本日のテノールメンバーは私を含めて7名。うち2名が現役さんです。最初に英語の読み方を確認します。個人的に英語の発音は全く自信が有りません。仕事で英語を使う…と言うか、使わざるを得ない状況は多々あるのですが、その際は「意味が伝われば良い」+「こちとらネイティブじゃないんだから発音なんて下手で当然」と言う風に割り切っていると言うか、開き直っておりますので、ちゃんと美しい発音で臨みましょう…なんて言えた義理では無い訳ですよ。でも今回はそれじゃ済まされません。頑張ります!それじゃ、まず歌詞を…。

And the glory of the Lord shall be revealed,and all flesh shall see it together for the mouth of the Lord hath spoken it.
[発音練習]

実はパート練習の際には、歌詞の意味を説明しませんでした。言葉の意味を辞書で調べたとしても、聖書(この部分は旧約聖書の「イザヤ書40章」)からの引用ですので、非クリスチャンの私には何を言っているんだか良く解りません。旧約聖書のダイジェスト版でも読んでおくのが理想的とは思います。まずいきなりAndから始まるのは前曲のEvery valley shall be exaltedから連続した歌詞であると言うことです。shallが使われていますので、未来、確実に起こると言っています。「メサイア」にはしょっちゅうshallが登場します。hathは古語で、現代英語ではhasに相当しますので、Lord has spokenとなり、現在完了形です。従って私の考えた意訳は以下の通りです。

「而して、既に主が語った如く、主の栄光が明らかとなるのを我々は将来、確実に見るのだ。」
音の方は、テノールのショッパナ。A dur(イ長調)ですので移動ドで言うと「ソソシシドドドレミ」となります。何となく取りにくい感、無きにしもあらず、ですが、この程度ならまあ何とかなるでしょう。
そのあと、曲は属調に当たるE dur(ホ長調)に転調します。「メサイア」はアルト・バスの旋律と同じ旋律がソプラノ・テノールに頻繁に登場します。その際、音域の差をつける為、同じ調では無く近親調である属調とか下属調に転調するパターンが非常に多いのです。最初、ちょっと戸惑うかも知れませんが、バロック音楽ですのでビックラこく様な転調ではありません。慣れれば問題無くなると思います。他のパートとか伴奏の音と和音を聞いていれば自然に転調した次の音が取れるようになるでしょう。そういう意味で私も極力、他のパートとか伴奏音型をピアノで弾くようにしましたが、ミスタッチばっかりで申し訳ありませんでした。

次に8番. O thou that tellest good tidings to Zion
この曲は直前のアルトソロによるレチタティーヴォ Behold, a virgin shall conceiveとそれに続くアルトソロのアリアに続いて、切れ目なしに歌われます。今回は志村美土里先生のソロ。楽しみですね!
でも、あまりうっとり聴いていると出遅れる事になります。ソプラノさん、くれぐれも気を付けて下さいまし。
歌詞の方ですが…、

O thou that tellest good tidings to Zion, O thou that tellest good tidings to Jerusalem, say unto the cities of Judah, Behold your God!Arise, the glory of the Lord is risen upon thee.
[発音練習] 

この部分も「イザヤ書40章」と同「60章」からの引用、抜粋です。thouは古語で二人称単数。従って現代語のyouです。「汝(なんじ)」「そなた」ってー感じでしょうね。
tellestは辞書に出てきません。多分、tell=「語る」と言う動詞に形容詞最上級の接尾語、estをくっつけたんでしょうかね?tidingsも古語でnews。theeも古語で二人称目的格。
「おお、汝、良き知らせをシオンに伝える者よ、おお、汝、良き知らせをエルサレムに伝える者よ、ユダヤの街々に告げよ、そなたの神を見よと!」「起きよ、汝が上に主の栄光は聳える」
こんな感じですかね。
音の方は24小節から25小節にかけてのH⇒Fis、歌詞で言うとbe-holdが取りにくいです。移動ドで言うとラ⇒ミとなり、短調の主和音を構成する音ですので嫌らしく感じるのかな?慣れるしかないですね。まあ、この曲は45小節、後奏を除けば33小節しかありませんからさほど苦労はしない(筈)!

さて、11番. For unto us a Child is bornです。
「メサイア」前半の白眉ともいえる佳曲ですが、実はこの曲、「メサイア」オリジナルでは無くて自作の「イタリア語の二重唱曲集」からの流用編曲なのです。この時代は、自作曲を他の曲に引用、流用するのは当たり前でした。中には他人の作品を流用する例もあります。有名なところではバッハの「4台のチェンバロの為の協奏曲BWV1065」はヴィヴァルディの「ヴァイオリン協奏曲集『調和の霊感』作品3の第10番」の編曲です。自作品の編曲はしこたまありますが、モーツァルトの「フルート協奏曲第2番」は自身の「オーボエ協奏曲」の編曲です。ロマン派の時代になって、著作権の意識が芽生えてくると他人の作品の流用は出来なくなります。ブラームスには有名な「ハンガリー舞曲集」がありますが、オリジナルは元から有った「民謡」ですので、楽譜には「ブラームス作曲」とは書かず、「ブラームス編曲」と記載し、また、自作の作品番号には入れませんでした。
歌詞に移りましょう。

For unto us a Child is born, unto us a Son is given: and the
government shall be upon His shoulder: and His Name shall be called
Wonderful, Counsellor, The Mighty God, The Everlasting Father, The
Prince of Peace.
[発音練習] 

この部分は「イザヤ書6章」からの引用です。意味は簡単ですね。一点、文中に大文字で始まるChild、Son、Hisは全てイエスを現します。大文字を使うのは「メサイア」のみならず、聖書の記載方法です。
「我々の為に嬰児が生まれる。我々に男児が与えられる。そしてまつりごとは彼の肩にあり、そして彼の名は驚くべき指導者(WonderfulはWonder「驚き、不可思議」+ful「満ちた」なので、日本語の「ワンダフル」とは異なる)、全能の神、永遠の父、平和の君主と確実に呼ばれる事になる。」
WonderfulとCounsellorはカンマで区切られてますので、「驚くべき者、指導者」と分けるべきかもしれませんが、種々の翻訳を見ると、上記のようにWonderfulはCounsellorを修飾する解釈となってます。またカウンセラーのスペルは普通Counselorです。何でllとダブるのか、私は解りません。

曲は99小節に及び、39番. Hallelujahの94小節を上回ります。冒頭、ソプラノに登場する

For unto us a Child is born, unto us a Son is given、

7小節から11小節の部分ですが、これが一つのエッセンスを構成して、各声部に展開されてゆきます。この部分は対位法の書法で各声部が掛け合う形で構成され、4分音符+8分音符の比較的穏やかなリズムが刻まれます。これが26小節まで続き、次に

and the government shall be upon His shoulder

の部分。ここも各声部の掛け合いですが(つまり4声部が一斉に歌う事は無い)、付点8分音符+16分音符の鋭いリズムが特徴的です。

これが31小節まで続き、次に

and His Name shall be called Wonderful, Counsellor, The Mighty God,
The Everlasting Father, The Prince of Peace.

の歌詞に移ります。ここでの音楽はそれまでの対位法書法から一変して、ホモフォニックとなり、力強く全声部で縦の線を合せた形で歌われます。以上を{A B C}と仮に決めますと、この後、

→{A’B’C’}→{A”B”C”}→{A”’B”’C”’}

と続いて締めくくられます。

このうち最後の{A”’B”’C”’}の一群はそれ以前の構成と異なり、A”’では女声2声のメリスマ(16分音符が3.5小節にわたって続く部分)の下で男声2声が歌うと言う新たな展開となり、B”’でもそれ以前の対位法では無く、ホモフォニックな曲調となり、力強さを演出します。

この曲で難しいのは先ほど触れた「メリスマ」です。これを巧く歌うのが今回の「メサイア」の一つの課題だと思います。各パート別にメリスマがどれだけ出て来るかを数えてみましたら、ソプラノ3.5小節×2回(A’、A”’)、アルト3.5小節×2回(A”、A”’)、テノール1.5小節×1回(A”)、バス3.5小節×1回(A)でした。「テノールずるい!!」とか言われそうですが私の責任じゃーありませんからね。

以上のような講釈は練習の際には致しませんでした。確実に時間が足りなくなりますからね。
各パートに分かれての練習は15:30で終了し、ホールで全員集合と言うのが最初に決めた予定でした。我がテノールは5分前には終了し、ホールに戻ったのですが、まだアルトは練習の真っ最中。他のパートもまだ練習を続けているようです。テノールが飲み込みが早くて優秀なのか、パトリがテキトーなのか??勿論、前者ですよ!!!

数分して皆さん練習を終了して、「合せ」となりました。まずカール・リヒター指揮のCDを聴いて、次にこれに合わせて歌うと言う段取りです。
ちょっとオーディオ機材が軽量級でしたが、演奏はさすがに素晴らしい。オーケストラはロンドン・フィルハーモニー。合唱はジョン・オールディス合唱団。1972〜73年の録音で、現代のピリオド楽器(バロック時代の楽器を再現したもの)+古楽奏法ではありませんが、素晴らしいものは素晴らしい。その後、このCDに合せて歌ったのですが、メンバーの皆さんには「メサイア」の素晴らしさを多少なりとも実感して頂けたのではないかと思います。

川島


[編集後記]
今回編集していまして、当初、A’やC”の「’」(アポストロフィ)が何を意味しているかわかりませんでした。川島さんに聞いてみようと思ったのですが、その前に、自ら調べて考えることが大切ですよね。

すると、

‘が最初の群 = 第1群
”が中央の群 = 第2群
”’は最後の群 = 第3群

(訂正します。)
はじめに仮と定義された{A B C}から続くのですから、

‘が第2群
”が第3群
”’が第4群ということで、’はそれぞれの群を意味しているということがわかりました。

つまり、11番の歌詞を

[A]
For unto us a Child is born, unto us a Son is given、

[B]
and the government shall be upon His shoulder

[C]
and His Name shall be called Wonderful, Counsellor, The Mighty God, The Everlasting Father, The Prince of Peace

と3分割、このABCをひとつの群とすると、3つ4つの群で構成されていたのですね。 !!

TongSing