ぱり散歩


ちい散歩⇒ぱあ散歩⇒ぱり散歩…なんちって、オヤジギャグ以外の何物でもありません。わざわざ説明するのも野暮と言うものではありますが、どうしても言いたい!
と言う事で、ぱり散歩であります。
とは言ってもビストロのオッサンと親しく会話できるようなフランス語能力を有している訳ではありませんので、専ら観光視点での「散歩」であります。その点、「ぱあ散歩」ほどの掘り下げは有りません。悪しからずお付き合いの程、お願い致します。
仕事の関係でパリには何回か来ている訳ですが、今回もまたぞろ仕事。その合間を縫っての「お散歩」であります。あー忙しい!

いつもの全日空205便で成田を発ってから約11時間30分ほどでパリのシャルル・ド・ゴール空港に到着(写真1)。全日空機は古い方のCDG1を使いますので、アイディア倒れっぽい解り難いターミナルを移動する事になります(写真2)。イミグレは行列も無く、何事も無く通過。出口に向かう為に上りのオートスロープに乗ると言うのが初めての旅行者には直感的に解り難いですね(写真3、4。空港からパリ市内への移動手段はいろいろありますが、私はタクシーを利用。ところがこの渋滞でホテルまで1時間半を要しました。金額は€65。順調に来れば€40くらいなのにね。今回のホテルはオデオンと言う地下鉄の駅の近く。サン・ジェルマン・デ・プレ(「聖ジェルマンの野原」と言う意味だそうです。)のエリアで、ちょっと東に歩くとカルチェ・ラタンと言うエリア。一応仕事で来ていますので、ホテルにチェックインするやいなや、ネットを繋いでメールのチェックなんぞをやりまして、一段落したのが20:00過ぎ。本当はマドレーヌ教会でヴィヴァルディの「四季」を中心とするコンサートがあったので、それに行きたいと思っていたのですが、残念ながらタイムアウト。因みにこのコンサートの開演時間は20:00。ヨーロッパでは(アメリカも)コンサートやオペラの開始時間って、だいたい19:30から20:00くらいの様です。日本の18:30開演と言うのは早過ぎますよね。日本人の方が残業するのになぜかこの時間設定は逆転してます。実に不思議。

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20:00と言っても辺りはまだ結構明るい状態です(写真5)。カフェやビストロやレストランなどもこれから盛りあがって来る感じ。特にギリシャ料理店街の人通りが多い。ここからすぐの処にセーヌ川が流れてまして、中洲に有るのがノートルダム寺院で有名なシテ島。何でもここがパリの起源だそうです。セーヌ川には遊覧船が行き交い、河岸に係留されている船ではレストラン営業を行っています(写真6)。アルシュヴェシェ橋を渡ってシテ島に入り、ノートルダム寺院を一周する感じ(写真7)でドゥブル橋を渡って、もとの左岸(リヴゴーシュ)に戻ります(写真8)。更にふらついて行きますと、サン・ジェルマン・デ・プレ通りとサン・ミシェル通りの交差点(写真9)。左右に位置するのがサン・ミシェル通り。画面左端に見えるのがサンジェルマン・デ・プレ通りです。このあたりでくたびれたのでホテル(写真10)に帰還し、本日はそのまま爆睡。

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翌日、仕事は午後からなのでこれ幸いと「ぱり散歩」の続き。まずは有名なサン・ジェルマン・デ・プレ教会(写真11)。何でも現存するパリ最古の教会だそうで、写真のロマネスク様式の鐘楼は11世紀に建設されたものだそうです。日本で言うと平安時代ですね。内部はこんな感じ(写真12、13、14、15、16)。

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このサン・ジェルマン・デ・プレ教会よりは新しいものの、それなりに歴史を感じさせる建物は市内あちらこちらにワンサカありますので、こちらの神経もだんだん麻痺して来ます。ここまでは西向きに歩いてきた訳ですが、今度は東に戻ります。で、来た道とは異なる裏道を歩いてますと、古そうな教会なんかが散見される訳です。
東京では30℃超の日々が続いている様ですが、パリの木立は既に秋の雰囲気。写真17の奥に見えるのがソルボンヌ大学(写真17)。近くに寄って(写真18)。その大学へのアプローチの広場にあるカフェを写真17と反対方向から取ったのがこれ(写真19)。我が武蔵大学で言えば江古田商店街みたいなもんですね。そしてこの広場の前を通るのが昨晩も歩いたサン・ミシェル通り(写真20)。千川通りに相当します。因みにこのサン・ミシェル通りの東側がカルチェ・ラタン、西側がサンジェルマン・デ・プレだそうです。ソルボンヌ大学を背にしてサン・ミシェル通りを渡り、ちょこっと歩くと広大なリュクサンブール宮殿にたどり着きます(写真21)。フランス語で発音すれば「リュクサンブール」ですが、ドイツ式で言えば「ルクセンブルク」。初めて気づきました。園内は花々が咲いていてとても綺麗(写真22)。宮殿自体も壮麗でして、現在でも元老院(参議院に相当)に使われているとのこと。そう言えば警備が厳重です。でもジョギングをする人々が沢山いたりして、結構賑やかだったりします。ここまで来たところで雨が降り出しましたし、そろそろ仕事の時間も近づいて来ましたので、この日はこれでおしまい。翌日は朝も早よからお仕事、お仕事。で、夜は…と言いますと…、

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実は前日の午後に仕事相手のフランス人に頼んで、インターネットで12日夜のオペラのチケットを入手しておりました。この日は新しいバスチーユの方のオペラハウスで行われるオッフェンバック作曲の「ホフマン物語」となります。夕刻に仕事を終えてクルマで一旦ホテルに戻り、荷物を置いてからメトロでバスチーユに向かいます。ホテル最寄のOdeon(オデオン)から4号線でChatelet(シャトレ)に出て、1号線に乗り換えて目的地のBastille(バスチーユ)に到着。「1号線」と言うからには一番古くてボロイのかと思いきや、車両はアルストローム社の2010製。車輪は何とゴムタイヤ(写真23)。この1号線を含めて、殆どの路線は第三軌条式。この第三軌条に横方向の位置決めを行う横向きのタイヤを当てると言う凄い発想。カーブのきつさは東京一と言われる大江戸線を凌ぐのでは無いかと思える急峻さ…とか、鉄チャンの血が騒ぐ!車内アナウンスが流れてきてフランス語の次に英語。そうかそうか…と思って聞いていると、いきなり「足元にお気を付け下さい!」って、日本語が流れてきて結構驚きましたが、他の駅の構内なんかでも「スリにお気を付け下さい。貴重品は身体からお放しにならないように御注意下さい。」なんて日本語アナウンスも流れて来ます。よほど日本人は車両とホームの隙間に落っこちたり、スリ被害に逢ったりしているのでしょうかね?おっと、話が有らぬ方へ…。バスチーユの国立歌劇場は1989年に完成したパリでは新しい建物で(写真24)、内部も近代的(写真25)。今日はビデオのクルーもスタンバッてます(写真26)。音響も良いと言う評価の様ですが、個人的には残響が短めでオーケストラはデッドな聴こえ方と感じます。ですが、手前のピットで演奏しているオーケストラより、後方舞台上の歌手の声の方が相対的にボリューム感があり、クリアーに聴こえる。このあたりがこの劇場の音響的優位性なのでしょうかね?

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そう言えば歌劇場の残響時間って一般的にホールより短いようです。ホールはサントリー・ホールや、ベルリンのフィルハーモニー・ホール、或いはウィーンのムジークフェライン等が満席時(以下同))で2秒強なのに対して、歌劇場ではパリの「ガルニエ」(後述します)が1.1秒、ミラノ・スカラ座が1.2秒、ウィーン・国立歌劇場が1.3秒とか、そんなもんです。「バスチーユ」は手元にデータがありませんが、1秒台の下の方でしょう。教会になると6秒台。中にはロンドンのセント・ポール大聖堂の9.3秒なんてーのも有ったりする。なので、その場の音響特性によって演目や演奏方法を変える必要が出て来るのでしょうね。「メサイア」の話しになりますが、この曲はダブリンのニューミュージックホールと言う劇場で初演されました。その後の再演もヘイマーケットとかコヴェントガーデンの王立劇場で主に行われておりまして、一応、宗教曲の体裁を取ってはいるものの、教会で演奏される事は無かった様です。ヘンデルは劇場の短い残響時間を前提に「メサイア」を作曲したのでしょうかね?興味あるところです。
さてバスチーユ戻ります。本日の演目「ホフマン物語」。実は私、良く知らないのです。で、事前にWikipediaで作曲の背景とか、ストーリーとかは読んでおいたんですが、歌唱はフランス語、舞台上方に出る字幕スーパーもフランス語。両方フランス語ってーのはどういう訳?と疑問を感じます。字幕はせめて英語にしてくれ!日本語だったらもっと良いけど。なので、第1幕(バージョンによりますが、プロローグ、第1幕、第2幕、第3幕、エピローグと言う構成の場合)で仕掛け人形のOlympia(オランピア)が大暴れするあたり、場内からは笑い声があふれたりする部分があるのですが、こちとら、良く意味が解らん!まあ、ドタバタ的な可笑しさは解りますがね。そんな問題はあるものの、曲も演奏も非常にハイレベルで感動的でした。このオペラで唯一知っている旋律は第3幕の「ホフマンの舟歌」。8分の6拍子。いわゆる「バルカローレ」のリズムに乗ってGiulietta(ジュリエッタ:ベネツィアの高級娼婦と言う設定)とNicklausse(ニクラウス:ホフマンの親友、実は美神ミューズ)が二重唱する部分。この旋律はこの部分だけに出て来るのかと思ってましたが、実は第3幕の最後も同じ旋律を使って、歌手全員と合唱で歌われます。これが実に感動的でした。

もっと書きたい事もあるんですが長くなるので止めにして、翌日の話しに移ります。パリ滞在の最終日。仕事は前日までにやっつけましたので、あとは飛行機の時間まで「ぱり散歩」を続けます。遅めの朝にホテルをチェックアウト。荷物は預かってもらって、もう一方のオペラハウスである「ガルニエ」(Garnier)に向かいます。昨夜の「バスチーユ」と「ガルニエ」はどちらも同じパリ国立オペラ(Opéra national de Paris)が運営している歌劇場です。一般的に「パリ・オペラ座」って言うと19世紀からある「ガルニエ」のイメージになります。建物自体、一見の価値ありと言うところです。で、この「ガルニエ」、昼の時間帯は有料で内部の見学が可能です。てな訳で、RER(パリ市内と郊外を結ぶ鉄道)とメトロを乗り継いで、駅名もそのものズバリ、Opera駅に到着。地下からの階段を上がると眼前にオペラ劇場の華麗な姿が現れます(写真27:この写真は裏側からのもの)。この日はエントランスとかホワイエとかの見学は出来ましたが、残念ながら夜に行われるオペラ(リヒャルト・シュトラウスの「カプリッチョ」)の練習中と言う事で、劇場内の見学は出来ませんでした。けど、その壮麗さには圧倒されます(写真28~30)。週末の土曜日にはここでモーツァルトの「フィガロの結婚」のプレミエ(初日)が行われる訳です。あ~見てみたい…けど、それまでパリに残っていてはリーデルクランツの練習とOB会に出られなくなる…ので、日本に帰ります。そうそう、これらのオペラのお値段ですが、一番高い席で「バスチーユ」「ガルニエ」ともに180ユーロです。日本でパリやウィーンの引っ越し公演に行こうとすると、最高値は6万円くらいですよね。新宿の新国立劇場主宰の公演でも2万円以上ですから、それと比べれば廉価と言えますね。

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コバラが空いたので、「ガルニエ」近くの超有名な「カフェ・ド・ラ・ペ」で昼食…と言う実におのぼりさんモード全開のノリで行こうと思ったのですが、満席で入れず。残念!時間も無いので、メシは喰わず、またぞろメトロを乗り継いで次に向かったのはモンマルトルの丘に建つサクレクール寺院。メトロのAnvers駅(発音わからず)で下車して「参道」の坂道を観光客の一群となって登る訳ですが、まずこの門前市のお店が何というか、一言で言えば「汚い」。で、だんだん坂は急になってくる。気が付くと左側に飛鳥山公園のケーブルカーみたいなのが動いている。なんだ、これに乗れば良かった!とは思ったものの、既に坂の半ばあたりまで来てしまっていて、途中から引き返すのも癪だ…と言う訳で山頂のサクレクール寺院の間近まで到着。振返るとパリ市内が一望できます(写真31)。で、こちらが件のサクレクール寺院(写真32)。あたりは曲芸師や物乞いのお婆さん(何故か女性ばかり)がたむろしていたりして、世界共通の猥雑な観光地の雰囲気。寺院の中はヨーロッパにしては珍しく「撮影禁止」。なので、写真はありません。有料でドームの上に登れますが、ここまで登ってきた後で、こちとら、そんな元気はもう残って無い。寺院を出てユトリロの絵画を思い出しながらモンマルトルの街を静かに散策…と行きたいところですが、観光客でごった返していて、そんな静かな雰囲気ではありません。やたら「ムッシュ!」と呼びかける似顔絵描きのオッサンを振り切って、ようやく撮れた、ちょっとそれらしい写真がこれ(写真33)。そんな訳で、モンマルトルはあまり良い印象ではありませんでしたが、例えば真冬とか早朝とかなら違った雰囲気なのかも知れません。さてさて、だんだん時間が無くなってきたので、またメトロとRERを乗り継いでホテルに向かう訳ですが、最寄駅からのこの通り(Rue Monsieur le Prince)(写真34)、僅か500m足らずの間に、正確には数えてませんが10軒くらいの日本食屋が存在します。日本食の需要がこれだけあるって事ですね。外国で日本食を食うのは私の主義には反するのですが、腹も減ったし、パリの日本食のレベルを知るのも一興とか勝手に考えて、その中の一軒に入ってみました。店名はTokyo Toriですと。売りは焼鳥のようです。寿司に焼鳥をセットにしたメニュー等が並んでます。私はちらし寿司を注文。従業員は中国系。奥のテレビだかラジオだかからは北京語と思われる話し声が流れてくる。何で中国系の人なら中国料理店にしないのかね???とか疑問に思っている間に注文の品が運ばれてきます。刺身はサーモンとマグロと〆サバ。鮮度は良い。シャリも硬めで酢の加減も丁度良い。まあOKレベルです。客は多分地元の人間と思われる白人ばかりで日本人の姿は無し。つまりパリの日本食はすっかり現地に溶け込んでいると言う事の様です。

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この後、ホテルで荷物を受け取り、最寄駅St. Michel Notre-DameからRERのB線に乗り、シャルル・ド・ゴール空港に向かう訳です。B線には空港に向かうB3とMitry-Clayeに向かうB5がありますので要注意ですが、ホーム上に行き先表示が有りますので問題無ありません。電車は2つ目のGare du Nord(北駅)からCharl de Gaulle 1-3(シャルル・ド・ゴール空港第1/3ターミナル駅)までノンストップとなります。乗車したSt. Michel Notre-Dame駅から約30分で空港駅に到着。こんな事なら行きもタクシーなんかでは無く、鉄道にすればお金と時間の節約になったのに…とは思いますが、この電車は相当に汚く、時間帯によっては治安も悪いと言う事なので、慎重に考えた方が良さそうです。

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因みにフランス人に「電車で帰る」と言うと、殆どの場合「止めた方が良いよ!」って言われます。Charl de Gaulle 1-3(写真35:これは2011年2月の写真)からは無料の空港シャトルでCDG1に移動します。あとは全日空のカウンターでチェックインし、手荷物検査とイミグレーションを通って時間までラウンジでくつろぐ…と言うほど優雅では無くて、またぞろメールチェックと必要に応じて当方からもメールを発信。何てったって業務上出張な訳ですからね!!!

以上、「ぱり散歩」お楽しみ頂けたでしょうか?今回のハイライトはやはり「ホフマン物語」の観劇と「ガルニエ」見学でした。オペラのチケットは日本からでもインターネットで容易に入手できますから、パリ(に限った話ではありませんが)に行かれる機会がおありでしたら、訪ねてみる事をお奨めします。

川島